ワークベンチでのテクノロジー:チタン
by Jeffrey S. Kingston
それは地殻内にたくさん存在する元素としては量で9番目に多く、基本的にどこにでも見られます。その上、ほぼすべての生物の中にも存在しています。私たち人間も、一人あたり1日に0.8ミリグラムを摂取します。しかしながら、公式な発見とされるのは1791年のこと。ウィリアム・グレゴールがイングランドのコーンウォール地方で分析したのが始まりです。その物理的特性は並外れており、抜群の強度と低比重を併せ持ち、腐食や磁化に対して優れた耐性を示します。とはいえ、鉱石からそれを抽出する商業的に信頼できるプロセスが開発されるのは、それから1世紀半近く後の1930年代になってからのことでした。そしてそれが時計の世界に登場するまでには、さらに時間がかかりました。この素材こそが、まさしくチタンです。
これは「ワークベンチでのテクノロジー」シリーズの第2弾となるエピソードです。シリコンの分野におけるブレゲのイノベーションを取り上げた最初の記事にならって、チタンとともにブレゲが成し遂げた先駆的な業績に目を向けることは、シリコンと同じようなハイレベルの創作力と、その成果として登録された数々の特許を明らかにするだけではありません。職人技の豊かな伝統を忠実に守りながら、先端テクノロジーを時計製造技術の進歩に役立てようとするブレゲの一貫した姿勢をも浮き彫りにします。
何よりまずチタンの魅力は、強度が非常に強い点と軽量(科学的に正確に言えば「低比重」)という性質がユニークに組み合わさっている点です。ブレゲにおいては、素材の選択によって「重量比強度」を向上させることは長らく伝統になっていました。しかし、この点における目覚ましい努力は、ブレゲの時計製造の現場ではなく、航空部門でなされたのです。実際、アブラアン・ルイ・ブレゲの曾孫にあたるルイ・ブレゲは、近代的なヘリコプターの原型とされる、1907年に開発された彼の最初のジャイロプレーンから第2次世界大戦後に民間航空が飛躍的な発展を遂げるまで、航空界でのキャリアは半世紀にも及び、この分野の重鎮でした。彼は、第1次世界大戦中に用いられた2人乗り偵察機「ブレゲ14」の開発をし、非常に軽い金属、すなわちアルミニウムを取り入れた航空機の製造で最先端を行っていたのです。
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軽量な素材を利用して技術的な解決を図るという研究開発を推進した時計といえば、「トラディション トゥールビヨン」です。当初からこのモデルは、ブレゲの最も現代的で先見性豊かな技術革新と、トゥールビヨンやブレゲひげゼンマイ、あるいはコンスタントフォース機構といった代表的な発明とを結びつける、いわば手本となる時計として考案されました。「トラディション」コレクションの場合、モデルの中心を占める最も重要な要素が時計を腕に着けたままで鑑賞できるように、それらをダイヤル側に配置されなければなりませんでした。そしてここでは、4つの主要な部品にスポットライトを当てました。すなわち、トゥールビヨン、時刻表示ダイヤル、香箱、フゼ(鎖引き)式コンスタントフォースです。これら4つの要素のデザインバランスを研究した結果、ブレゲの歴史において腕時計としてはかつてないほど大きな直径のトゥールビヨンが作られました。
このようなブレゲの挑戦に際して、従来のアプローチはただちに却下されました。ムーブメントの設計に立ちはだかる難問がどのようなものかを理解するには、トゥールビヨンの構造を考えただけでも十分です。まず時計の調速機構は、テンワ、ひげゼンマイ、脱進機で構成されています。テンワとそのひげゼンマイの振動で脱進機が動き、脱進機が生み出す衝撃と停止の繰り返しが時計の規則正しい動きを律しています。そこに影響を及ぼすのが重力です。これらの部品が縦姿勢をとると、部品にかかる重力によって時計の歩度がわずかに進んだり遅れたりする場合があるのです。創業者アブラアン・ルイ・ブレゲが1801年に特許を取得した、トゥールビヨンという天才的なアイデアは、この重力が引き起こす誤差の問題に挑むものでした。ブレゲが考えた解決策は、テンワ、ひげゼンマイ、脱進機をキャリッジに収め、姿勢による誤差を相殺するためにこれら一式を絶えず360度回転させるというものでした。現行の大半のモデルではキャリッジの1回転に要する時間は1分ですが、アブラアン・ルイ・ブレゲはさまざまな回転速度のトゥールビヨンを設計しました。
ブレゲの設計者たちは、キャリッジとテンワの設計に関する重大な壁に阻まれました。いかにして径の大きいテンワを収容する大型で頑強なキャリッジを設計するか。しかも多くのトルクを必要とせず、香箱から供給される動力を消費しすぎることもなく、また、回転運動による過度な摩擦が生じず、衝撃を受けたとしても重大なダメージを起こさずにこれら全体を回転させるにはどうすればよいか? その上、次の段落で述べるように、テンワの慣性に特有のさらなる制約がありました。この制約とは、テンワの振動と密接に関係しています。つまり、慣性の増大は、振動数の減少につながるからです。ブレゲの「クラシック」
コレクションに含まれる従来のトゥールビヨンの場合は、通常の直径で、スティール製キャリッジとグリュシデュール製テンワが完璧に機能を果たします。しかし「トラディション トゥールビヨン」用にあらかじめ想定されていたキャリッジの直径は12mmより40%も大きい16.8mmに、テンワのほうも9.95mmから13.8mmに拡大しました。したがって、質量を減じる解決策がまったく見つかっていなければ、トルク、動力消費、剛性、重量、摩擦、耐衝撃性に求められる条件は、劇的に増加していたことでしょう。
そこで活路を開いたのが、「重量比強度」が非常に好ましいチタンでした。この素材の強さと軽さという好都合な組み合わせが、ムーブメントの構造を検討するにあたり、絶好の教材になりました。時計の歩度は、その大部分が2つの要因によって決まります。テンワの慣性とひげゼンマイの剛性です。ひげゼンマイの特性は、普通は既存のデータがあるので、設計者たちの関心はもっぱら第1の要因、つまりテンワの慣性のほうに集中しました。慣性の基本原理については、数学の計算や設計プロセスに組み込まれるコンビュータに頼らなくても、私たちは日常的に経験しています。
フィギュアスケートの選手が回転する様子を誰でも見たことがあるでしょう。両腕を広げた状態でこの回転動作を始めると、スケート選手の慣性は非常に大きいものになりますが、次に両腕を抱え込むと、慣性は小さくなり、回転速度が大幅に高まります。この現象は2つの基本的な法則に基づいています。まず初めに、回転速度は慣性の和に反比例するということ。つまり慣性が小さくなるにつれて速度が増します。2つ目は、慣性は質量と同様に、質量の半径にも依存します。質量が大きいほど慣性は大きくなり(体重が軽いスケート選手は重い選手より速く回転できる)、半径が大きいほど慣性も大きくなります(スケート選手が腕を広げた状態のときは半径がより大きく、腕を抱え込むと半径は小さくなる)。
では次にスケート選手の例から学んだ原理を念頭に置きながら、テンワを思い浮かべてみましょう。テンワの慣性は、半径と同時に重量に左右されます。つまり、半径が大きいほど慣性は大きくなり、重いほど慣性は大きくなります。ブレゲのムーブメントでは、時計の歩度調整を慣性の調整で行います。そのため、
ムーブメントのテンワには、歩度を非常に正確に調節する、非常に重いゴールド製のチラネジが備わっています。このネジをテンワの内側に向かって調整すれば慣性が小さく、逆に外側に向かって調整すれば慣性が大きくすることができます。
直径が大きなテンワと、それを収容するために十分に径が大きなキャリッジを設計するために、ブレゲのムーブメント設計者たちは、すでに大きな慣性を生む要因の一つになっている半径の問題から手を着けました。当時のコレクションにあった他のトゥールビヨンと同じ素材を使用しなければならないとすれば、質量を抑えるために、テンワとキャリッジの厚みをかなり減らさなければならないことになります。それではもちろん脆さが増し、頑強さが損なわれかねない危険があります。そこで理想的な解決策としてチタンが浮かび上がりました。チタンの質量は通常テンワに使用されているグリュシデュールの半分しかなく、一般的にキャリッジに使用されているスティールよりも小さいので、質量の減少により、まさに径の増加分を相殺できるのです。なるほどチタンは理想的な素材に違いありません。
というのも、従来のアプローチに比べて、チタンなら慣性の大きい径であっても、質量を大いに減少することができるからです。質量の軽減によって、動力の消費量、摩擦、耐衝撃性といった他のさまざまな点も改善されることを考えれば、これほど好都合な組み合わせはないといえます。このようなすべての理由から、ブレゲはテンワとキャリッジの素材にチタンを選びました。さらにチタンには、スティールと違って非磁性であるという、さらなるメリットがありました。チタン製テンワの製造におけるブレゲの先駆的な業績は今では特許を取得しており、ブレゲが属するグループ独自のものになったのです。
とはいえ、このようなチタンの非常に好ましい「重量比強度」が設計者たちにとってすぐに活用できる解決策になったわけではありません。チタンは加工が非常に難しい素材で、そのための特殊な製造設備を開発しなければなりませんでした。切削工具は、摩耗のせいで非常に頻繁に交換が必要なため、通常の素材に比べて加工にコストがかかります。しかも切削の際に発生する高熱で部品が発火しないように、製造中に大いに注意が必要です。
ブレゲが手作業による仕上げに執着することもまた、難しい問題を引き起こしました。「トラディション トゥールビヨン」のような高級モデルでは、トゥールビヨンのキャリッジなどムーブメントの部品の平らな面の縁にも、手作業で緻密な装飾を施さなければならないからです。通常の素材については、時計製造の長い伝統を受け継ぐ手法が用いられます。例えば、平らな表面には細かなサテンブラッシュ仕上げを施し、側面はまず面取りをして、次第に細いヤスリで順々に磨いた後、細かい研磨剤を使って木材で最終的な研磨を行います。
ブレゲは、チタンの特殊性を考慮して、このような伝統的作業を全面的に見直すことにしました。平らな表面に対しては、サンドブラストの技法を開発しました。それには、不要なカスを残さずに望ましい美観が得られる素材と圧力を決定するために、開発までに数々の試行錯誤を要しました。面取り加工は一段と複雑な作業になりました。面取りは、手作業によるヤスリがけと研磨作業を基本的に忠実に守りながら、それをチタン素材の加工に用いなくてはならないからです。
ブレゲの仕上げに携わる専門家たちは、木材で行う最終段階の研磨に使えそうで、チタンの面取りにも有効なヤスリと研磨材を探しました。挑戦を強いられたのは、チタンの硬さに関する点だけではありません。標準的な素材と比べてチタンに粘りがあることも難題でした。そして最終的には、チタン素材の現代性と、ジュウ渓谷で実践されてきた高級仕上げの偉大な伝統とを融合させることに成功したのです。
結果は息をのむほど素晴らしいものでした。超大型のトゥールビヨンは、性能面でいっさい妥協がなく、その大きな径がダイヤルを彩る他の3つの要素と見事に調和しました。
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「クラシック トゥールビヨン エクストラフラット」を創作する際に、考慮に入れる点は他にもありました。開発の目標が、見事なまでに薄い自動巻トゥールビヨンを作ることにあったからです。
ブレゲのムーブメント設計者たちはこの目的を達成したばかりか、それを上回る成果をあげました。なぜなら「トゥールビヨン エクストラフラット」のムーブメントは、厚さがわずか3mmで、世界最薄の記録を樹立した自動巻の超薄型トゥールビヨンだからです。その超薄型構造には、全く独自のアプローチによるさまざまな薄型化の工夫が取り入れられています。ムーブメントの厚みを抑えるために、もはやこのトゥールビヨンは、トゥールビヨンの下に据え付けられたカナを通じて回るのではなく、香箱を起点とする輪列の動力がキャリッジ外周の歯に伝わり、それによって回転するようになっています。薄さの探求に関連する同じ理由で、脱進機も外側に取り付けられたリングとかみ合うようになっており、カナをキャリッジの下に取り付けられた固定歯車とかみ合わせる通常の方式とは異なります。
キャリバーの薄型化に関するこれらキャリッジとテンワの革新的な構造に対して、そこに頑強さと耐衝撃性を確保するために、ブレゲのムーブメント設計者たちはトゥールビヨン全体の重さを最小限に抑える方法を探求しました。このことが、トゥールビヨンのキャリッジとテンワにチタンを用いるという選択に当然ながら決定的な影響を与えました。全体として超軽量なため、重量が増す別の代替案よりも駆動に要する動力が少なくて済み、このような超薄型構造では稀に見る偉業と呼べる80時間もの長時間パワーリザーブの実現に貢献しました。
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チタンは、女性用の時計に使う場合にも格好の素材になるでしょう。「クイーン・オブ・ネイプルズ デイ/ナイト」のためにブレゲは、まさに他にはない独特のデイ/ナイト表示を行う回転ダイヤルを創作しました。その一方には、夜を象徴する月と星のモチーフをあしらい、他方には太陽を象ったテンワを配し、しかもテンワの上部ブリッジが24時間針の役目を果たします。ディスク自体は半貴石のラピスラズリで飾られ、このディスク全体が香箱からの動力で絶え間なく動き、24時間で1回転します。
また、この回転ディスクは、テンワと脱進機というムーブメントの最も重要な部品を支えるだけでなく、ゴールドの星とマザーオブパールの雲をあしらったラピスラズリ製の比較的重い装飾ディスクを乗せる台にもなっています。このような非常に凝った表示を支える構造部品には、軽量なチタンが適しているので、ブレゲの設計者は、回転用の地板を構成する部品にチタンを用いました。さらに、このデイ/ナイト・モデルには、軽量な金属部品が2つ加えられました。まずは月。仕上げで独特の輝きを放つ月に選ばれたのはチタンです。一方、ラピスラズリを支えるディスクで、構造と関わりのない部品にはアルミニウムが選ばれました。